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京町家まちづくり調査(平成15年度)

経過概要

京町家まちづくり調査 フォローアップ調査 経過概要

■平成16年
 1月31日 京町家まちづくり調査員募集開始
 2月21日 京町家まちづくり調査員説明会・登録会
  基調講演 「世界歴史都市の保存と創生」
  三村浩史氏(関西福祉大学教授)参加者約70名
 2月末 調査員募集締切(応募者100名)
 2月26日〜28日 リーダー会議開催(まちづくりセンター)
 3月3日、6日、7日 調査員研修会開催(まちづくりセンター)
 3月13日 フォローアップ調査スタート
 現在(平成17年) 調査結果公開中(京都市都市計画局都市づくり推進課HP)

京町家まちづくり調査員説明会・登録会

京町家まちづくり調査員説明会・登録会

平成16年2月21日(土)午後2時〜4時
於:ひと・まち交流館 京都 大会議室
基調講演 「世界歴史都市の保存と創生」
三村浩史氏(関西福祉大学教授)

三村浩史氏
 
■講師紹介
三村浩史(みむらひろし)氏

関西福祉大学教授、京都大学名誉教授
専攻は、都市計画、歴史文化環境の保全、まちづくり など
文化庁専門委員、日本ナショナルトラスト専門調査員など就任中


講演摘録

京町家のこれまで
 今日のテーマは京町家ということです。町家というのは日本の都市のなかでも城下町とか、いろんなところで営業と住まいが一体となった都市住宅あるいは都市建築の典型で、別に京都だけではありません。しかし、近代化の過程で、あるいは第二次世界大戦で燃えたり、戦災復興区画整理が行われて、だんだん消えてきました。幸い京都の場合は戦災を受けなかったので戦前のものがよく残っています。どれくらい古いかというと、禁門の変の時に都心部は燃えていますから、せいぜい100年とか150年の歴史のものです。 しかし、明治の初めの頃の復興は、新しい建材とか建物の技術革新などもなく、昔のまちなみを壊してしまうようなこともなかったため、近世からの町並みがよく継承されています。また、そこに住んでいる町衆というもの、京都には老舗なんかも結構多いですが、ずっと住み続けるということは割に少なくて、商売には栄枯衰退がありますから、まちなかで、町家という基盤のなかでそれを流通させて、住み替えながら町をつくってきた。町を運営してきた町衆の伝統を基調とする市街地やまちなみが、一体的に生き続けていたというところが他の都市とは大いに違うところです。

京町家―研究と実践の流れ
 京都の町家は都市建築史から見ても面白いし、都市計画上も重要ということをいい始めたのはかれこれ40年位前ではないかと思います。京都の大学には工学部でありながら建築史というなかば文系の講座がありまして、昔は社寺建築、宮殿建築、城郭建築とかの建築史をやってきたのですが、戦後は民家の歴史、京町家の歴史を解読してきた先生方が何人もおられます。京都の町衆の歴史と結びつけて町家の特性を明らかにされた、これが第一世代。次に、町家とまちづくりをあわせて京都の特性を出さないといけないと言い始めたのが第二世代。たとえば滋賀県立大学の学長をなさっている西川幸治さんで、町家を大事にするまちづくりが京都にとってとても大事だと言い出したことが評価されます。また、町家とコミュニティの暮らしを解読していったのが上田篤さん、さらに島村昇さん、間之町にあったご自宅の町内を歩いて回って間取りを取って「京の町家」という本を出されました。まちづくりと一体となる町家の暮らしの価値をアピールしてこられました。私なんかは都市計画が専門ですから、まちづくり体制を強めて、京都の都市景観とか、町並みの雰囲気や特性を出すためには、それを保全したり、維持するしくみ、社会的なしくみを作らないといけないと取り組み始めたのが第三世代といえるかと思います。

バブル時代の取組
 1980年代くらいから、京都らしい都市住宅のあり方といったテーマの研究を京都市や建設省から受託しました。当時はバブルの真っ最中で、「この町家は京都の都市と町衆の歴史の象徴なんだがら大事に住んで使ってくださいね。」なんて言うと、「あなたの言うことを聞いていると私は何億円も損をする。」とよく言われました。当時は、坪当たり単価が5百万もの値段がついて、短冊の敷地は前の方は高いのですが、奥の方は安いんですけども、それでも欲で胸算用した単価をかけて計算して、「私の敷地だけで五億円はくだらない。それを残せなんてあなたの言うことを聞くとそれがパーになる。」なんて言われたものです。そのうちに、バブルもはじけて、かつて五億円といっていたのが数千万円になって、その代わりにマンションとかビルとか駐車場ばかりが増えてきまして、町家がどんどん消えていきました。バブルのせいだけではありません。住みにくさ。小さい時から快適な家に住み慣れている娘さんは町家のような家にお嫁に行くのはいやだとか、ハイテクのオフィスに使うのに勝手が悪いとか、いろいろあります。地価が下がったのが幸いというか困ったことというか、マンションが続々と建つようになりまして、京都のまちなか、特に室町とか新町とかは、よほどの町衆の成功した人しか住めないところでして、一般の庶民が住みつくなんて昔はできませんでした。今では、二千五百万円のマンションもあって、そういうところにどんどん人が入ってくる。新住民を歴史的都心のコミュニティにどう迎え入れるか、様々なはたらきかけが試みられているところです。業者は容積率いっぱいに建て、それと比較すると、町家は日陰ものになってきているというのが現実です。そういう意味で、5年ほど前に、京都のまちのなかで、町家は存在感としても都市の活性化のためにも、守れるものは守ろうと悉皆調査をしました。報告書も書きました。京都市は町家は大事だとこの調査費を単独で出しました。その町家に住み続けるために、様々な良いところをアピールする、また、京都市も及ばずながら支援する。様々な方法がありますと提案してきたのですが、その及ばずながらが現在でもなお及ばずながら状態で、日々町家が消えていくのが現状です。

京町家が面白いブーム
 一方で、京都では町家が面白いというイメージが広がってきました。京都観光では、だいたい、東山山ろく、西山山ろくの社寺をめぐるのが定番でした。そういうところは昔の貴族とか権力者がお寺の寄進をしたりして優れた景勝地になりました。京都に来たらそういう山ろくの社寺を回る。リピーターは、あんまり人が行かない社寺庭園をこまめに見るとか、最近は、春と秋、五山の送り火だけではなくて、冬にも良いところがあると、底冷え観光をツアー会社が打っていますね。「誰もいないお寺の境内でたたずむあなた」とか言って、京都はなんでもツアー商品になるのでありがいたいのですが、そのようなブームの一つに、「町家が面白い」があります。最近は、京都駅のブックショップなどでも「あなたの知らない京都」とか「ここだけの京都」とか言う本がいっぱい並べてあります。そういう本のなかで「町家でごはん」なんて本が売れている。なぜ町家でごはんを食べたらおいしいのか?要するに雰囲気で、こぎれいなグッズショップとかごはんを食べられる店が楽しめる。まちなかは町家ブーム。観光客も社寺ばかりいくのに飽きて、まちなかを歩くのが面白くなってきた。いろいろ発見することころがあります。おまけに、SARSとかテロだとで、海外旅行が減っています。JRのぞみ号の増発で「そうだ京都、行こう」と、いっぱい人が来る。町家はおもしろいよ、町家の価値はあるんだよ、というキャンペーンはいちおう成功したといえるのですが、じゃあ、今町家を使っているお店はどのくらい町家の本質を理解しているのか?結構小器用に店舗デザインの人がおしゃれな店に切り替えています。格子をはずしてしまったり、町家をオブジェのように素材に使ってデザインしています。年輩の方から見るとちょっとへんだけれど、若い人が外から来ると、これが京町家だと。彼らはエトランジェみたいなものですから、町家風のレトロなところがあると、これが京都だと気持ちをひきつけられる。多分、店の改装の仕方なんかを見ていると、その店が閉じられると、町家も運命をともにするんじゃないかというものがあって、町家がこれだけ注目されてブームになってきたのはうれしい一方で、商品化されて消耗品になっているんじゃないかという危機感をもっています。

現代に守り活かすための次のステージ
 マンションに変わっていく、残ったものは日陰者にされていく。どうしたら、現代に生き継いでいけるか。町家というのは金閣寺とか、銀閣寺とかのように重要文化財ではありませんので、つぶれても誰も問題だと言わない。住んでいる人、使っている人がいて成り立っている。古い町家はどんどん消える一方で、現代でも建築家が坪庭を活かしたり、まちと調和を図った新しい町家ができている。そういう維持管理と新陳代謝をしながら移っていくような都市住宅の状態、それが町家の姿なので、町家が育っていく土壌、そんな場所があり、住みつく人がいるとか町家がいきいきできる場があるとか、そんな土壌が無ければ、最後の20件くらいは文化財に指定して保存するというくらいで、20世紀にはこんなものが残っていましたよ、ということになりかねず、その伝統を生かしてきちんと守っていく、そして活かしていく、そういうステージに持っていくには、このブームになった割には「及ばずながら」の状態であることが問題であると思っています。どんな状態の町家があるかということは、前回の悉皆調査で分かっているんですが、その後どうなっているかとか、これから、町家が新しい時代のなかで残ったり改修されたり新しい町家ができたりして、町家の伝統がこの京都のまちなかで生き続けていけるかというような持続的な発展の方策はということになるとまだまだ怪しい限りです。意識は高まったけれども実践的な条件が確定していない。そろそろ都市政策としてもきちんと支援して、しっかり裏打ちをしないといけない段階になってきているんではないか。幸い、町家に対して関心が高まってきているのを追い風と受け止めて、その上昇気流にのってきちんとしたシステムをどう作るかということが課題になっていると思います。そういう意味では、第四世代の取組、フォースステージというものを考えていいのではないかと思います。本日、なんで私がここで皆様に話をしているかというと、京町家まちづくり調査、今回は5年目の再訪問の調査になります。それをどんな調査にするかを説明する場の前座をやれ、ということなんです。前回のリフレインの調査ではなく、第四ステージにふさわしい、本当にいきいきと町家を活用したり、あるいは壊されそうな物件を救って再生を支援していけるような仕組みづくりに役立つような調査が必要だと思います。だいたい、役所とは4月に予算がついているはずなのに、12月になってから言い出して、年度末に報告書をくださいなんて、そんなの無理だと思うのですが、要するに、やってみて面白い、第四ステージに向けて指針が得られるような調査になったらいいな、とここはアジテーションをしたいと思っています。一人一人が違った視点で違ったことについて調査したり、100人が100人違うレポートを書いてきても調査報告にまとめるのは難しいですから、いちおう共通仕様書をもって、そのうえで個人の発見も加えて、最後に議論してまとめるとかいうことです。調査をする前に参加者の意見をできるだけ盛り込んで、やって面白くてためになる調査マニュアルができていれば、元気もつき、役にも立ち、多くの方の同意も得られるのではないかと思いますし、また、そう願いたいと思います。

世界歴史都市の保存と創生
  それで、本日は「基調講演」なんて、立派なタイトルをいただいています。「世界歴史都市の保存と創生」、こんな話は京都会館でも借りて2時間くらいお話したいのですが、なんでこんなタイトルがついたかというとお配りしている資料がございます。最近私が書いたものでございます。大阪市市政調査会から、現代日本の主要な大都市のトピックスを集めて特集号を出したい、ついては最近の京都のトピックスを書いてくださいと言われ、全国の人の支持も大事だと思って書きました。そのコピーを景観・まちづくりセンターにお渡ししたら、これが本日のテーマになったのです。 この内容を説明しますと、町家と都心部のまちなみを強調しております。はじめに、京都にかかわる文化人たちが名をつらねた「国家戦略としての京都創生の提言」去年6月のアピールを紹介しております。「世界の歴史都市の中で風土、歴史、文化と芸術の凝集、そして文化的創造力からして、京都を現在に持続するということが大事。」。ローマのように遺跡と現代都市が並存している都市、あるいは遺跡になってしまった都市とか、いろいろあります。両方が一緒に同じ町の中で生き続けている都市というのは世界的に見ても割と珍しい。それが非常に重要であるという評価です。そういう都市の姿を世界で探してみると京都はまさに注目されます。千年以上の歴史をもちながら、現代に生き続けている、遺跡になってしまっていない都市は意外と少なく、そういう意味では都市全体が世界遺産です。しかし、いまの世界遺産指定では有名社寺を中心にして、京都のまちというのはそれら指定された遺産のまわりの環境を損なわないために、無茶な開発をしない保護地区、バッファーゾーンになっています。だから、まち自体は保護されていない。しかし、まちも大事ですと。次に、京都には「京都人」がいて長い間文化を守ってきたが、今や残念ながら京都の力だけでは守れないと痛感しているので、国家財産として守ることを国家戦略としてとりあげろと、いささか仰々しい提案ですね。京都を保全しようとすると今はクライシスである、と言う認識はありまして、京都を保全、再生、創造して活用発信するための提案として創生基金を作る。歴史都市再生法を作る。どんどん壊されそうなマンションとか、売られそうな建物とか、景観を破壊するような建物とか、規制をするだけじゃなくて、必要であれば買取り、補償、修復、転用、流通というところまでやっていかないといけない。それから1千年以上の都市の記憶装置として京都歴史博物館を国設する。巨大な博物館をイメージしがちですが、京都自体が都市博物館であるとするなら、こういうものを建てるのは、あんまり賛成ではありません。私のアイデアでは、すでにある文化施設、展示館、資料館、大学などを含めて1千箇所くらいの分館方式にし、市民から募集したスタッフもふくめて学芸員1万人くらいのネットワーク型の都市博物館をつくったらどうだろうかと考えています。そこにはもちろん町家も町衆も含むわけです。観光という世界大交流時代における選択。観光客が京都は3千5百万人といっていたのが、去年くらいから4千万人を超えている。「そうだ京都、行こう」と言ってのぞみが運んできた。京都の経済界の方は5千万人、さらには7千万人を目指せというのですが、この盆地の中にそんなに呼び込んで、クォリティオブツーリズム、観光の質を来た人にちゃんと保障できるのかという点があいまいです。京都人は長い間京都文化を守ってきたと、これが今あやしくて、京都人は今どこにいるの?という調査も合わせて市長さんにやってもらわないといけないわけですね。「あなたは京都人ですか」って。この調査に参加される方は皆さん京都人という認定をしてもいいと思うのですが。

京都の伝統―何を守るのか
  みやびやかな京都から国家戦略として守れと要請する場合に、それでは何を守るのか、ということですね。国家戦略にしろというからには、京都で、京都人が、私たちはこんなまちにすると、そしてここまで努力をしている、しかし、なおかつここまでレベルを上げた保存とか文化の維持をしようとしたらこんな仕事をしないといけない、だから協力してくれ、ということでなければいけない。京都というのはそういう歴史的なものの場所性、いろいろなものが一つの盆地とそのまわりで積み重なっていて、しかも非戦災でまだまだ何が出てくるか分からない、そういう京都の歴史の厚みと、そして現在の活動の一体化ということがあって、その目で見れば世界的にも稀なすごい都市だということを認識しないといけない。京都らしい都市景観、ここは景観・まちづくりセンターですが、ただ東山の景色を守れとか、お寺のまわりをきれいにしようとかそういうことだけではなく、景観というのは土地全体なのですね、だから東山山ろくの社寺とかその部分とか世界歴史遺産だけではなくて、盆地の景色全体が、盆地と言う地形、内陸の都市の盆地があって、それで河川が真ん中を走っていて、そこにまちが築いてきたこの姿全体が、昔で言うと風水でも良く適ったまちですけど、そのまちで持っている姿をよく基礎において考えないといけない。山の姿も大変変わってきています。昔の赤松の林もシイだとかどんどん変わってきていて、4月になったらわき上がるような新緑になってきて山の景色が変わりましたね。鴨の川原の夕涼みとか言っていますが、今、四条の橋の上から覗き込んだら溝みたいに深くなっています。洪水対策で掘り込まれています。山紫水明といっても徐々に景色が変わっていくのに我々は気がつかない。景観という視点からまちをきちんと点検しないといけないと思います。

アーバンファブリックス
 第二は、町並みの変容。アーバンファブリックス、という言葉を使っております。ファブリックスというのは西陣織のようなもので、いろんな縦糸横糸できれいな織物になっている、次々と新しい糸を加えていって織り成していくという、人間の手が作る錦とか綾のような織物のことをいうのですが、まちというのは大規模な施設ばかりでできているものではなくて、小さいお店や商家、大本山のような大寺院ではなくて、庶民が大事にしてきたようなお寺とか祠とか庭とか、そんな横糸が歴史的時間という縦糸の中に織り込まれてできている、そこに歴史の厚みとかおもしろさとか人間らしいスケールとかそういうものが入っている。そういうものを世界的にアーバンファブリクスという言葉でいっています。これらと、たとえば一括して造った京都駅とか洛西ニュータウンとかと比較してみると、そのおもしろさ、変化のきめこまやさ、多彩さの違いは容易に理解できるのではないかと思います。最近、京都がおもしろいというのは、そういう面に関心が集まっているということの現れではないかと思うんですが、しかし一方では、だんだん町家が危機に陥っているということであります。そういうものを歴史的中心地区として位置づけて、どういう風に維持していくか。そこで、もう一度町家とその町並みが京都の歴史的中心地区の原型、プロトタイプとして持っている意味というものを位置づける必要があるわけです。 3年間前、京都市も南部の大規模開発と平行して歴史都市京都のまちなかをどうするかと「職住共存地区整備ガイドプラン」を策定しています。職住共存地区ではマンションもある程度容積を抑えて、町家と共存していけるようなまちなみをつくるべきである、それを地区ごとに、元学区あたりを単位にして、住民参加のまちづくりをやって、必要な容積の規制、ダウンゾーニングの追加をやっていく。それから、町家を残そうとすると、木材や、大工、左官など職員さんを育てないといけないし、また、いったん空き家になるとすぐ壊されますので、空き家になるときに、中古住宅、日本では中古を悪くいうのですがアメリカやヨーロッパでは中古のほうが価値が出るんですけども、このユースドハウス、使用された住宅をお預かりして次の住み手、買い手を捜し、手入れして蘇生させていく、そういう仕組みづくりがぼつぼつ始まっています。けれども、どこでどうするか、という具体的な動きがまだまだ鈍い。地区計画では容積率が、6m位の道路だと敷地面積に対して360%くらいの容積の建物が建っている。駐車スペースを残すと8階くらいまで建つ、そういうものが許されていて、次々マンションが建つ状態です。だんだん町家が日陰になっていく。それは、市民の権利、デベロッパーの権利も関係していて、また、マンションが建つと市にも固定資産税が入ってくるので市の方も財政的には潤う。町家が大事なんて口では言っていながら、もう少しなるようになって、町家が最後の100件くらいになってから「保存」とか言うつもりでいるんじゃないかと勘ぐるくらい取り組みが鈍い。これを本当にやろうとしたら、体制をもっと強化しないといけない。それから、町家がそのままであってもいけない。住みづらい、快適でない。最近、若者が西陣の町家に住み込んでいます。アーティストインレジデンス。彼らは若いし、実験的に住んでいる。だから底冷えもかえって面白いとか言っているが、普通の人にはやっぱり寒いし、設備も悪い。改装して快適に住めるようにしないといけない。私も一昨年、京町家快適環境研究会に出たのですが、床暖房とか、いろいろ対策をすれば、結構快適に、町家でもあたたかく住めるのですね。それから防災、これも今まで建築基準法上は不適格で、いわば既存違反の建物で危ない。地震が来たらひとたまりもない建物と言われています。古い町家に住んでいるお年寄りなんか被害に遭う人が増える。町家を保存しろと言ってきた、この責任をどう取るのかとたぶん私も責められます。これも最近は国の政策や町家に関係する人の立ち上げで、木造の戦前の町家を新しい考え方で構造計算しなおせば、割合適切な価格で耐震補強ができるということになってきています。そういう技術開発もできている。あと、町家は木造が表に出ていますが、準防火地域とか京都のまちなかでは、木造の部分を表に出すことはできません。これも現在ではアラーム装置とか防災設備ができているから、従来の木造の姿で新しい京都の町家を建てるということも今開発中です。これらのことに、ちゃんと見積りを出して、京都の木造の町家を耐震補強して、バリアフリーにして、活用していくためにはどれくらい要ります、そして防災的に普及するにはどれくらい資金が要ります、古い住宅をどんどんリストアップしてきて、技術開発をして手を加え、次の買い手を捜して、そんな町家の流通機構を立ち上げます。これら全体を見積もってみると年間何億円の資金をまわす必要があります。これを安定した基金でささえるとすると何百億円要りますとか、そしたら、京都のまちはこれくらい町家の伝統を活かしながら良くなります、よそから見てもさすが京都は違うと言われるまちになりますと、そういう見積書を出して請求すれば、なるほど国家戦略は必要である、と説得力がつくわけです。ただ、京都だけでは守りきれないから国にお願いします、というなら昔と一緒で、ほかの都市は「日本文化を担っているのは京都だけじゃない。京都は観光スポットもあり、大学もあり、こんなに恵まれたところは他にないのに、そこだけ国家戦略で助けてくれなんてあつかましい。」と言うんです。国だって、なんで京都だけ京都特別基本法などつくるのか、と。今のままでもちゃんとやっている、それがジリ貧になってだめ、しかし、この地方分権の時代に、毎回毎回、この町家を直すのに国から補助金いくらともらってくるという時代じゃない、一括して、京都で運用できる基金をつくれということになる訳です。そのためには国も何百億円でもいいのですが基金の半分は負担する。京都は官僚頼みが多いんですが、やっぱり自分達も集める。京都人も集める、お寺も、文化団体も観光や交通業界も皆で集める。それで基金をつくって今までできなかった高度な京都の保存創生を年々実行する。そのような見積りを出せば、国民とか中央官僚の支持を得ることができるのではないでしょうか。去年6月のアピールだけでは京都が大変だから金よこせという、よそからみたら非常にあつかましいアピールと読み取られます。私は署名した一員として、今までの京町家を活かしながら、新しい町家を加えて、おもしろいアーバンファブリックスを育てていく、そのためにどのくらいの仕事をしないといけないかをアピールしていく必要があると思います。それは、市民に対するアピールでもあるし、国に対するアピールでもある、そういう取組が必要であると思っています。

京都人パワーを高める
 京都では最近、まちなかでも、いろんなところで取り組みが進んできています。ジリ貧ではいかんと、NPOが立ち上がったり、元学区の地区計画の検討会を開いたり、西陣なんかでも有能なリーダーが出てきて、西陣を元気づけたりしています。さすがに京都はそういうことをさせると実力、リーダーシップ、技術、アピール力のある人がいるんですが、総じて京都人は落ち込んでいます。市長選挙も3割しか行かないとか、どこも仕方ないというか、まちづくり政策に無関心になっているようで、そういう覇気に欠けている。京都人パワーが停滞気味ではないかというのが今の私の評価です。もう少し、京都人パワーを高めなければいけません。私はこの景観・まちづくりセンターの理事もしていて、今、このセンターもそのために頑張っています。せっかくの機会だから、今回の調査の機会もきわめて有効に使って、第四ステージの方向付けに役立つような生きのいい結果を出していただきたいと思います。



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